プロローグ

ここは、時のはざま。
この何もないはずの空間に一隻だけ、漂う艦(ふね)があった。
その艦に乗るのは、『Time Trippers(タイムトリッパーズ)』と呼ばれる、様々な時代を旅する者達。
彼らは、何のために時をも越えて旅をするのか?
知る者は誰一人としていない。
この物語は、その艦を襲った事件から始まる。

通信塔、簡易医療室──
時空に関する全ての情報伝達を行っている場所に取り付けられた、緊急時用の施設。
他でもない緊急事態の今、ここを利用しているクルーの姿があった。
「次の時代にはいつ着くのかしら・・・。」
青い髪が特徴的なほっそりとした女性、シンシアが心配そうに呟く。
そのとき、医療機器が並んだ部屋に自動ドアが開く音が響き、一人の男が入ってきた。
「大丈夫だよ、シンシア。
 レオはきっと助かる。」
青く澄んだ瞳の男性、キースはシンシアのそばに寄り添い、肩にそっと手を添えた。
二人の子、レオは出産時のトラブルにより、産声は上げたもののずっと昏睡状態に陥っていた。
医療機器も原因不明の故障。
修理のための物資も底を尽いているという不運も重なり、生死の境をさまよう事になってしまった。
シンシアがレオをやさしく抱き上げ、悲しそうな目で見つめた。
「神様・・・どうかお願いです・・・。
 この子を、助けてあげてください・・・!」
シンシアの頬に、一筋の涙が光った。

「艦長、キースとシンシアの子供の件なのですが・・・。」
艦長室に一人のクルーが入ってきて、艦長に尋ねた。
「解っている、解っているのだ・・・。」
艦長は漆黒の闇しか見えない窓の外を眺めながら、少々荒っぽく言った。
「──でしたら、一刻も早く目的地に着けるようにもう少しスピードを」
「解っている!
 だが、一人のために数百人の命を危険にさらすことはできない!
 私には、全てのクルーの命を守らねばならない義務があるのだ・・・。」
艦長は、少し声を震わせて言った。
「か、艦長・・・。」
長い沈黙。
先に口を開いたのは艦長だった。
「命令だ・・・エンジンルームに出力を上げるよう伝えろ。」
「・・・!
 さ、サー・イエッサー!」
クルーは高ぶった声で命令を承諾し、エンジンルームへ駆けていった。
そして艦は速度を上げた。
どこかに罠が潜んでいそうな、暗闇の中で。

そして──

ドォーーーーン!!!
轟音とともに激しい揺れが艦を襲った。
「か、艦長!!
 エンジンルームから火災警報が!」
管理班からの通信で、かなり切羽詰っているようだ。
「それくらい持ちこたえられんのか!
 修復きない程のダメージはないはずだが・・・。」
モニターには『被害状況:18.26%』と表示されている。
「それだけではないのです!!
 クラスBの時空のひずみが発生しています!!
 爆発の衝撃で発生したものと思われます!」
「なんだと!?
 回避は!?」
レーダーを見ると、艦の前方に巨大な時空のひずみが発生していた。
「不可能です!!
 あと10分程で突っ込みます!!」
「くっ・・・!
 全クルーを5分で通信塔に非難させろ!
 本艦からの切り離しを行う!」
艦長はそう言うと、素早くコントロールパネルを操作し始めた。
「かか、艦長!?
 あなた自身はどうするおつもりなのですか!?」
「・・・私は、全クルーが脱出したことを確認しなければならない。
 私は、ここに残る。」
艦長は、かちりと実行キーを押した。
「かんt」
通信はぷつりと途絶えた。

そのころ、医療ルームでは・・・
『全クルーに告ぐ!
 速やかに通信塔の最上階へ移動せよ!』
スピーカーから大音量で放送が流れてきた。
「な、なんだぁ!?
 さっきの揺れといい、何かあったのか・・・?」
キースは思わず飛び上がってしまった。
「きっとそうよ。  今までこんなことは無かったもの・・・。  とりあえず行ってみましょう?」
「あ、レオはどうしようか。」
「私は連れて行かない方がいいと思うわ。
 今は安静にしてないと・・・。」
「そうだね。
 じゃ、行こうか。」
そして二人が部屋を出ようとした、その時!
部屋の真ん中に突然、小さな時空のひずみが発生したのだ!
「あ、あれは時空のひずみ!?
 どうして部屋の中に!」
「ああ!!
 レオが・・・!」
突如発生した時空のひずみは、なんと生命維持装置ごとレオを飲み込み、消滅してしまった。
「いやぁ・・・!
 そんな・・・ことって・・・いやあぁ!!」
シンシアはその場に泣き崩れてしまった。
「シンシア!
 おい、しっかりしろ!
 これはきっと、何かの間違いだよ・・・。」
キースには、力無く泣くシンシアにどんな言葉をかけたらいいのか、分からなかった・・・。
「産まれてきた・・・ばっかりだったのに・・・!
 あんなに一生懸命、生きようとしてたのに・・・!!」
「シンシア、まだ全てが終わったわけじゃない!
 急いでレオの座標を探せば何とかなるかもしれない。
 転送室へ行こう!」
一刻も早くわが子を救うために、二人は転送室へと急いだ。
レオがまだ時空間にいるなら、転送によって連れ戻せるかもしれない。
それが唯一の希望だった。

キースは転送室に着くやいなや、凄いスピードで転送機器を操作し始めた。
もしレオが時空間の外に・・・どこかの時代に入り込んでしまったら、見つけ出すのは不可能に近い。
それを避けるために、キースはあらゆる機器を駆使し、レオを見つけ出そうとした。
しかし・・・。
「くそっ!だめだ!
 レオらしき反応が見つからない!
 なんでだ・・・もう時空間を抜けたっていうのか?
 そんな・・・どうしてだ!!」
装置の前で、キースは頭をかかえていた。
モニターには無情にも「Not found.(見つかりません)」という文字が表示されていた。
「なんでなの・・・どうして・・・!」
二人の悲痛な叫びは、無機質な部屋にこだましただけだった。

それから数分後、通信塔は艦から切り離され、時空間の外、とある時代に入り込んだ。
本艦は直後にゆっくりと時空のひずみに飲み込まれていき、艦長とともにその姿を消した。

──時空間の中で起こったこの事故は、これから始まる物語の一端に過ぎない。
時を旅する者達の運命を、時空のひずみに飲み込まれたレオの運命を、知る者は誰もいない。